甲府地方裁判所 昭和48年(行ウ)5号 判決 1978年5月31日
原告 浅井利治 ほか一名
被告 甲府地方法務局吉田出張所登記官
訴訟代理人 松尾英夫 深沢忠 ほか一名
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告らの甲府地方法務局吉田出張所昭和四八年六月六日受付第七、八四七号土地地積更正登記申請に対し、被告が同月二二日に日記第四四号をもつてした却下決定は、これを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、昭和四六年八月一三日、訴外東箱根開発株式会社(以下「東箱根開発」と略称する。)から各共有持分二分の一宛を買い受け、それぞれ同年一二月九日に同持分の移転登記を経由して、これを共有している。
2 原告らは甲府地方法務局吉田出張所(以下「吉田出張所」という。)に対し、昭和四八年六月六日、本件土地につき土地地積更正登記申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、これは同日第七、八四七号をもつて受け付けられた。
3 ところが、被告は、昭和四八年六月二二日、日記第四四号をもつて、隣接地との境界が一部確認できないとの理由により、本件申請を却下した(以下、右却下処分を「本件処分」という。)。
4 しかしながら、本件処分には、理由不備の違法、そうでないとしても、本来現地調査などすべきでないのに、測量機器も持たずに現地に臨み、真正の利害関係人でない者から意見を徴するなど、本件土地を隣接地との境界を容易に確認できるのにそれをしなかつた違法がある。
5 よつて、原告らは、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1、2、3の各事実は認める。4は争う。
三 被告の主張
本件処分は違法ではない。以下、本件処分が適法である理由を述べる。
1 原告らは、昭和四八年六月六日、吉田出張所に対し、原告ら所有の本件土地について、地積更正の登記申請書を提出した。そして、右登記申請の内容は、地積を登記簿上の地積の約八・四倍である一四、七四八平方メートルに更正を求めるというものであつた。
2(一) 本件申請を受け付けた登記官たる被告は、申請内容について調査を行なつた結果、本件申請については実地調査を行なつたうえで登記を実行すべきか否かを決定するのを相当と認めた。
ところで、地積更正登記申請に際して法規上必要不可決の添付書面は、地積測量図(不動産登記法(以下「不登法」と略称する。)八一条の五、八一条二項)のみであつて、右測量図による地積が正確か否かは登記官の調査の結果によるのであり、隣接地所有者の承諾は絶対的に必要なものではないし、その旨の承諾書があつたとしても、地積更正登記を必ずしなければならないものでもない。しかし、現実の登記実務では、隣接地所有者の承諾書の添付があれば、実地調査をしない場合がある。それは、右承諾書が後記(二)(1)に述べるような機能を有し、通常は当該申請の真正を担保するに足りると考えられるところから、実地調査を省略しているに過ぎないのであつて、より慎重に実地調査をすることは何らさしつかえない。このように解することが、権利の客体である土地又は建物の現況を常時正しく公示して取引の安全を図るため、土地又は建物の表示に関する登記は登記官が職権ですることができるものとし(不登法二五条の二)、登記官の調査権を規定(不登法五〇条)した不登法の趣旨に沿うゆえんである。
ところで、本件申請には、本件土地に隣接する各土地の所有者の承諾書が添付されていたが、以下に述べる理由により、添付された承諾書は本件申請の真正を担保するに足りず、現地に臨んで調査する必要があると認めたものである。
(二) (承諾書について)
(1) 承諾書の第一の機能は、地積更正登記の申請が真正であることを担保する機能である。これを、別紙策一図面の「図1」により若干ふえんすると、一般に、甲地の地積吏正登記をする場合、甲地に隣接する乙、丙、丁地の各所有者は甲地の所有者に対して利害相反する関係にあるというべきであり、乙、丙、丁地の各所有者が、甲地の所有者に対して、境界を十分確認し登記申請のとおり地積更正登記をするについて異存がない旨の承諾書を交付することは、測量図の隣地との境界が真実である蓋然性が強いというべきだからである。
第二は、地積更正登記の適正迅速化を促進する機能である。再び別紙第一図面の「図1」でいうと、乙、丙、丁地の各所有者が、甲地の所有者に対して承諾書を交付する場合には、一般に甲地と乙、丙、丁地との境界に争いがないのが通例であるため、登記官が実地調査をするに際して、甲地の範囲を確認するのが容易だからである。
(2) 以上の承諾書の機能に照らすと、「隣接地所有者」とは、必ずしも直近の接続する土地の所有者に限られないといわなければならない。別紙第一図面の「図1」で、甲地の所有者と乙、丙、丁地の所有者が同一人であるとか、一方が法人で他方がその法人の代表者個人である等の場合には、乙、丙、丁地の所有者は、登記手続上甲地の隣接地所有者とは認められない。けだし、法律的地位又は経済的利益を同じくする者相互間における承諾書は、いわゆる自己証明的な内容に過ぎないものであり、当該地積更正登記申請の真実性を担保するとの承諾書本来の機能を有していないというべきだからである。この場合の「隣接地所有者」とは、乙、丙、丁地に隣接する外周の土地の所有者というべきである。
さらに、前例で甲地の所有者が、甲地を別紙第一図面の「図2」のとおり分筆し(かかる分筆を不動産登記手続の実務上、いわゆる「額縁分筆」と称している。)、次いで甲の二の土地について第三者(甲の一の土地の所有者と法律的地位又は経済的利益を同じくすることが明らかでない者)に対して所有権移転登記をした後、甲の一の土地について、甲の二の土地を取得した第三者の承諾書を添付して地積更正登記の申請をしたとしても、登記手続上、甲の二の土地所有者は、甲の一の土地の隣接地所有者とは認められない。けだし、いわゆる額縁分筆がなされるのは、隣接地所有者全員の承諾書が得られない場合の窮余の策として行なわれる場合が大半であり、しかも元地番の土地(前記図2の甲の一)所有者は、額縁分筆された土地(同甲の二)の所有者と通謀のうえ、同人の承諾書を添付して現実の地積をはるかに越える地積更正登記申請を行なうおそれが多いからである。そして、かかる地積更正登記が安易に認められるとするならば、権利の客体たる土地の物理的形状(地積はその主要素である。)を公示するとの不動産に関する登記の公示機能はおおかた失われ、不動産取引の円滑化を阻害するばかりか、ひいては、不動産登記制度の根幹をゆさぶることにもなりかねないというべきだからである。したがつて、この場合の「隣接地所有者」とは、前記図1、2の例で甲の二の土地の所有者ではなく、乙、丙、丁地の所有者をいうべきである。
(三) (本件土地に関する分筆、所有権移転等の経緯)
(1) 南都留郡河口湖町字建石二、三八二番二(以下、(二、三八二番二」と地番のみで表示する。以下において、土地を地番のみで表示した場合のその所在地は、すべて「南都留郡河口湖町字建石」である。)及び同番三を分筆する前の二、三八二番の土地(山林二、五一二平方メートル)は、もと訴外堀内森作の所有であつたところ、同人からこれを訴外中村忠次、同石原昌長の両名が昭和二七年三月一五日に買い受け、同年四月二二日その登記を了した。
(2) 右中村、石原両名は、昭和四五年二月五日、右土地を二、三八二番一山林二、一六五平方メートル(以下この土地を「本件旧土地」という。)と同番二山林三四六平方メートルの二筆の土地に分筆し、さらに昭和四六年八月一九日、本件旧土地を二、三八二番一山林一、七三八平方メートル(本件土地)と同番三山林四二六平方メートルの二筆の土地に分筆した。
(3) そして、右中村、石原両名は、昭和四六年八月一〇日、二、三八二番三の土地を訴外松下三佐男に売却し、同月二三日その登記を了した。
(4) 一方本件土地について、右中村、石原両名は、これを昭和四六年八月一三日に東箱根開発(代表取締役前記松下三佐男)に売却し、同年一二月九日その登記を了した。そして、東箱根開発は、これを昭和四六年八月一三日付で原告両名に売却し、同年一二月九日その登記を了した。
(四) (実地調査の決定)
(1) 以上述べたところより明らかなとおり、原告らは本件土地につき東箱根開発から所有権移転登記(各共有持分二分の一)を受けている一方、二、三八二番三の土地の所有者は右会社の代表取締役である訴外松下三佐男である。また、前記の経緯よりすれば、本件旧土地から二、三八二番三の土地を分筆する登記は、いわゆる額縁分筆登記というべきである。したがつて、右松下三佐男作成名義の承諾書は、承諾書としての適格性を有さず、本件土地の地積更正は、二、三八二番三の土地を分筆する前の本件旧土地と隣接する土地について利害が及ぶものといわざるをえない。
よつて、本件申請の適否の審査に際しては、本件旧土地とこれに隣接する各土地との境界について、同隣接地すなわち二、三八三番二の土地(所有者中村忠次)、同番一の土地(所有者訴外堀内久治)、二、三八二番二の土地(所有者堀内久治〔編注:中村忠次の持分を取得〕、石原昌長)及び二、三八四番の土地(所有者堀内久治)の所有者の意思の確認をする等境界の調査を要するところ、本件登記申請書には、右の各土地所有者の承諾書の添付がなされていなかつたから、被告は、実地調査において右意思の確認をして、本件申請の真実性を調査する必要があると認めたのである。
(2) そこで被告は、昭和四八年六月九日、水上喜景(本件申請代理人)、松下三佐男(二、三八二番三の土地所有者)、古屋勝男(二、二一四番等の土地所有者)、中村忠次(二、三八三番二の土地所有者)及び堀内久治(二、三八四番等の土地所有者)に対し、文書をもつて、本件申請事件について六月一八日に実地調査を行なうので立会いを求める旨の通知をした。
3 (実地調査の経過)
(一) 昭和四八年六月一八日、吉田出張所より、所長杉山定雄(被告)と登記係長訴外今井一尋(両名とも登記官)が現地に赴き、訴外根来栄一(本件申請代理人の代理人)、松下三佐男、訴外石井弘(中村忠次の代理人)、堀内久治、及び訴外桑原貞二(測量士訴外松浦由幸の代理人)の立会いを得て、午後一時より本件土地の実地調査が行なわれた(以下これを「本件実地調査」という。)。
(二) 本件実地調査は、まず、二、三八二番三を分筆する前の同番一の土地(本件旧土地)と二、三八三番二の土地との境界線の南側から同境界線に沿つて、境界線を確認しながら順次進み、別紙第二図面のイ、ロ、ハの各点(以下単に「イ点」等という。)を経て、二点にさしかかり、本件申請の申請人(以下「申請人」という。)側から、二、三八四番の土地との境界は、二点(この点には木杭が設置してあつた。)とホ点を結ぶ線である旨の説明がなされたところ、これについて堀内久治から異議が述べられ、同人は、本件旧土地と同人所有の二、三八四番の土地との境界はロ点とへ点を結ぶ線であると主張した。同人が示した右の線の現況は、俗に「やまあらし」といわれている伐採した木の搬出に使われた道路のような状態をなした部分であつて、付近より二メートルの巾にわたり帯状にやや低くなつているところであつた。これに対して、浅井鐘三、根来栄一、松下三佐男らは、前記指示した場所が境界に間違いない旨述べ、お互いに譲らず主張が対立し、次第に激しく口論するに至つた。
ところで、本件土地、二、三八二番三の土地及び二、三八四番の土地は、二、三八二番二の土地、二、三八三番一、二の各土地を含めて、比較的傾斜の強い土地であつて、一面に樽等の広葉樹が密生しており、全体が一つの山林をなしている。申請人らと堀内との間に争いのある境界付近も同様の状態であつて、樹種・樹齢その他樹木の生育の状態等土地の現況からみて、その境界を認定することは極めて困難な状況にあつた。
また、本件実地調査の立会人からは、他に境界を認定するために参考となる資料の提出はなされなかつた。
4( 本件処分とその理由)
(一) 一般に、地積更正の登記については、当該登記の申請人と隣接する土地の所有者との間で境界につき争いがあつても、他の資料により、登記官において境界を認定することができ地積を確認することができる場合には、確認した地積と申請書に掲げられた地積とが符合するかぎり、当該申請は真正なものとして登記簿に記入されるのである。
(二) ところが、本件においては、本件旧土地に隣接する二、三八四番の土地の所有者堀内久治との間で前記のとおり境界につき争いがあるところ、実地調査の立会人から境界認定に必要な資料の提出はなく、また、土地の現況から争いのある境界を認定するに必要な資料は得られなかつたので、被告は、右争いのある部分について境界を認定することはできないと判断し、昭和四八年六月二二日付をもつて、不登法四九条一〇号により、本件申請を却下したのである。
(三) (理由不備の主張に対する反論)
不登法四九条の規定に照らし、決定書には隣接地との境界が一部確認できない旨記載すれば足りる。かりに、原告ら主張のとおり、確認できない部分を明示しないことをもつて理由記載不十分だとしても、原告らは、本件処分時において、その理由の詳細を既に了知していた。すなわち、実地調査の際、原告らの立会い代理人の浅井鐘三、同根来栄一に対して、被告は、右部分を確認できないから本件申請を却下する旨口頭であらかじめ告知したのであるから、理由不備というべきではない。
(四) (後記四3日の主張に対する反論)
被告は、実地調査に際し測量機具を携帯しなかつたが、これは、本件土地の測量者松浦由幸の代理人として本件実地調査に立会つた桑原貞二が、これを携帯していたからである。また、原告ら主張の手続的瑕疵がかりに存したとしても、本件処分を違法とするものではない。
四 被告の主張(前記三)に対する原告らの反論
1 (理由不備)
本件処分の理由は、「隣接地との境界が一部確認できない」というものであるが、後述のように、すべての隣接地所有者の承諾を得て本件土地の境界を明らかにした原告らとしては、どこが不明なのか全く判然としない。これだけの理由では、後日測量したり、あるいは何人かの承諾を得たりして再申請しようにも、その方法が全く閉されているというべきである。したがつて、本件処分には理由不備の違法があるといわなければならない。
2 (実体的判断の違法)
(一) (承諾書に関して)
(1) 原告らは、本件申請をするに際し、本件土地のすべての隣接地所有者の承諾を得、その証拠として承諾書を添付した。すなわち、二、三八二番三(所有者松下三佐男)、二、二一三番、二、二一四番、二、一九二番、二、一九三番(いずれも所有者古屋勝男)、本件土地の周囲の公道(所有者国、管理者河口湖町長)の各土地の所有者の承諾書である。これにより、本件土地と隣接地との境界は完全に証明されているというべきである。
(2) 地積更正登記申請書に添付される承諾書は、隣接地所有者が申請者との間で、申請地との境界について合意をしたことを前提として、申請者がその所有土地につき地積更正登記申請をすることを承諾したことを示す書面であるが、明治以来、私人のなす地積更正登記申請について、承諾書を添付させない例はない。このような長期間に亘る実務上の慣行により、承諾書添付の必要性は慣習法化されているというべきである。このような承諾書は、境界確認のほとんど唯一の証明資料であつて、それが適格者により真正に作成されたものであるならば、登記官は、その承諾書の内容となつている当事者の合意に拘束されるものといわなければならない。登記官には、私人所有の土地相互間の境界を決定する権限がなく、それを決定するのはその土地を所有する私人だからである。しかし、このようにいつたからといつて、登記官の調査が全く不要になるわけではなく、承諾書についていえば、登記官は、当該承諾書作成名義人の承諾適格の有無、真正に作成されたか否かなどは調査できるといえる。
(3) しかし、この承諾適格についても、登記官は、形式上一見して不当なことが明白な場合(たとえば、申請者と承諾者とが同一人である場合、もしくは法人とその代表者の関係にある場合等)を除いては、隣接地の所有者はすべて承諾適格者と認定すべきである。登記官には、境界についての争いなどの存否や境界自体について、審査権がないのであつて、たとえ、本件のように職権ですることができる登記に関することがらであつても、その審査権はできるだけ狭く解すべきだからである。そのように解することによつて、迅速な登記事務の遂行が期待でき、また、平地に波欄を起して隣人同士(本件でいえば、原告らと堀内久治)を紛争に巻き込むことを避けることができるのである。境界について争いがあれば、その者同士において、私的な関係として裁判や調停で解決させるべきである。
(4) 以上を前提とすると、本件申請に際して添付された承諾書の作成者は、前述したように、国(管理者河口湖町長)、古屋勝男、松下三佐男の三人であつて、いずれも承諾適格者であり、右各承諾書は真正に作成されたものであるから、申請を受けた登記官は、本件申請により直ちに地積更正登記をすべきであつた。しかし、登記官は、右松下を承諾不適格者として扱い、実地調査に及んだのであつて、この点に本件処分の第一の違法がある。
なお、被告は、本件旧土地から二、三八二番三の土地を分筆したのは、いわゆる「額縁分筆」に当たると主張するが、右の分筆には次のような正当な理由がある。すなわち、右松下が代表取締役をしている東箱根開発は、本件土地の北側及び西側に広大な土地を所有しているが、これを将来開発するなどの場合や火災などの緊急時に同所に至る道路が必要であつたのと、本件土地の範囲を現地で明確にするため、道路分として二、三八三番三の土地を本件旧土地から分筆し、原告らへの売却土地から除いたのである。
(二) (従前の分筆経過に関して)
(1) 本件申請に添付した地積測量図は、二、三八二番二、三の各土地を元地番の土地から分筆するのに際し使用した地積測量図並びに、二、三八三番の土地を同番一、二に分筆するに際し使用した地積測量図と一体をなし、いわば同一物といえるものであるところ、これらの分筆登記は既になされて、いわゆる公正証書原本として被告が保管している。これらの分筆登記をなすについては、論理的にいつて、分筆によつて新しく生じる土地と分筆前の土地について、面積、境界等が当然調査確認されているわけである。
(2) したがつて、本件申請に用いた地積測量図における各隣接土地との境界は、既に公認されているというべきであるから、本件申請に添付された地積測量図と分筆登記の原本である図面とを、被告の職権と職責において彼此対照し、同一性が確認されれば、本件申請における隣接土地との境界も、おのずから容易に判明するものである。
(3) それにもかかわらず、被告は右確認を怠つて、ことあらためて実地調査に及んだものであり、この点にも違法があるというべきである。
3 (手続過程の違法)
(一) 被告は、松下三佐男所有の二、三八二番三の土地の分筆登記について、原告らや同人になんらの告知聴問の機会を与えることなく、また自ら同人らに対してなんらの調査をすることなく、予断、偏見ないし先入観のもとに、悪らつな額縁分筆を画策していると断定し、実地調査の必要を認めたというところに、大きな問題がある。
(二) また、被告は、実地調査に際して、堀内久治を立会わせて意見を徴したが、同人は真の利害関係人に該当しないから、この点も違法である。すなわち、承諾書の承諾適格について述べたところと同様に、登記官の審査権はできるだけ狭く解すべきであつて、不登法五〇条二項にいう「関係人」とは、地嶺更正登記申請の対象となつている土地の形式的な隣接地の所有者をいうと解すべきである。しかし、被告は、本件土地に隣接しない二、三八四番の土地の所有者堀内から意見を徴し、それでなくても自己の土地の広きことを望む者に、異議を述べる絶好の機会を与えて事態を混乱きせ、自ら招いた紛争を理由に「境界が一部確認できない」との断を下したのである。
(三) さらに、本件実地調査には、次のような違法もある。不登法によれば、実地調査をする場合には、関係人の要求があれば、登記官は氏名、身分等を明らかにし、その証明書を呈示しなければならないことになつているが、原告ら代理人浅井鐘三、同根来栄一、松下三佐男らが、現地において、調査をすると称する者にその氏名や身分等を尋ねたが、その者は氏名や身分を明らかにしなかつた。
また、調査者は、実施調査をするため訪れたはずであるから、測量機器を携帯してこなければならない。しかし、調査をすると称する者は二名現地を訪れたが、何らの測量機器を携帯していなかつた。
第三証拠関係 <省略>
理由
一 (原告適格と処分の存在)
請求原因1、2、3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 (本件処分の適否)
1 (理由の記載について)
本件処分の理由が、「隣接地との境界が一部確認できない」というものであつたことは、当事者間に争いがない。これが一般的にみて理由の記載として十分なものかどうかは暫く措くとしても、本件においては、後記3(一)認定の本件実地調査の経過からすると、原告らは、前記のような記載をみれば、右確認できない隣接地との境界部分がどこであるかを容易に了知することができたと認められるから、本件処分の理由として前記の程度の記載しかないことをもつて、本件処分が違法であるということはできない。
2 (実地調査の可否)
(一) 不動産の現況を把握する唯一の公簿である登記簿は、不動産取引の安全を図るためにも、各種の公益上の施策を実施するうえでも、不動産の現況を正確に公示していることが望ましいことはいうまでもない。この趣旨に基づいて、不動産の表示に関する登記は職権ですることができるとされ(不登法二五条の二)、右表示に関する登記について登記官に調査権が与えられ(同法五〇条)ているのである。ところで、右の不登法五〇条は、 「必要あるとき」に限つて登記官に調査権を与えているが、右「必要あるとき」とはどのような場合をいうかは、登記官の自由な判断に委ねられている、と一応は解される。しかし、その判断は、恋意的になされてはならないことはいうまでもなく、客観的にみて不合理でないことが心要である。
(二) そこで、このことを本件について検討するに、本件申請には本件土地に隣接する各土地(二、三八二番三、二、二一三番、二、二一四番、二、一九二番、二、一九三番、周囲の公道)の所有者の承諾書が添付されていたことは当事者間に争いがない。しかし、隣地所有者の承諾書は、一般的にみて隣地相互の境界を証明する資料としては一応の証明力を有するに過ぎないものであつて、諸般の事情からその証明力に疑問をさしはさむ余地がある場合においては、登記官は、右承諾書に拘束されることなく自らの合理的判断において実地調査をして申請の当否を判断できるものと解すべきである。しかして、<証拠省略>に弁論の全趣旨をあわせると、二、三八二番山林二、五一〇平方メートルを所有していた訴外中村及び同石原は、同土地を、昭和四五年二月五日、本件旧土地と二、三八二番二山林三四六平方メートルに分筆し、さらに、昭和四六年八月一九日、本件旧土地を本件土地と二、三八二番三山林四二六平方メートルに分筆し、本件土地を、昭和四六年八月一三日東箱根開発に売り渡し、同年一二月九日その旨登記し、二、三八二番三の土地を昭和四六年八月一〇日訴外松下に売り渡し、同月一三日その旨登記したこと、東箱根開発は、昭和四六年八月一三日、本件土地を原告らに売り渡して、前記の自らの所有権取得登記の日と同一の同年一二月九日その旨登記したこと、訴外松下は現に二、三八二番三の土地を所有し、本件申請に関し、承諾書交付当時東箱根開発の代表取締役であつたことがそれぞれ認められる。そして、<証拠省略>によれば、被告は、以上の事実に基づき、さらに本件申請が約八倍の増量更正申請であつたこと(<証拠省略>から明らかである。)や、昭和四六年九月中旬ころ本件土地につき地積更正登記申請があつたが、二、三八四番の土地(所有者堀内久治)との境界に争いがあつて実地調査したけれども、やはり境界の一部を確認できなくて同年一一月ころ申請を却下したことがあつたこと(<証拠省略>により認められる。)をもあわせて考慮して、本件申請が真正かどうか判断するためには、右二、三八二番三の土地を分筆する前の本件旧土地とそれに隣接する各土地との境界を現地で確認する必要があると考えて、本件実地調査に及んだことを認めることができる。
そこで、前に認定した二、三八二番三の土地の分筆経過、原告らの本件土地取得経過、松下三佐男の地位、前回の申請の経緯などを前提に、被告の右判断の当否を考えてみると、土地の分筆は必ずしも隣接土地との境界を明確にしたうえで行なわれるものではなく、また分筆によつて元の土地とその隣接地との境界が公認されるわけでもないし、さらに原告らと松下が利害相反するとも一概にはいえないから、松下三佐男作成の前記承諾書は、本件土地と二、三八二歩三の土地との境界を証明する資料としては、その証明力に疑問をさしはさむ余地が十分にあるということができる。そうとすれば、本件申請について不登法五〇条の規定により実地調査が必要であるとした被告の判断は、十分に合理性があるということができる。
(三) 原告らが、事実欄第二の四2(一)において、本件申請に添付された承諾書だけで本件土地とその隣接土地との境界が完全に証明されているとして主張するところは、前(二)項で説示した点に照らして採川できない。
また、事実欄節二の四2(二)の原告らの主張についても、前にも述べたように、土地の分筆に際しては当該土地と隣接土地との境界を常に確定したうえで分筆がされるわけではなく、また土地が分筆されたからといつて各境界が公認されるわけでもないから、原告らの主張は採用できない。
さらに、事実欄第二の四3(一)の原告らの主張については、本件において登記官が原告らの主張するような手続を必ず踏むべきであるとはいえないし、二、三八二番三の土地の分筆についての事情が原告らの主張するとおりだとしても、前項に認定した諸事情に照らすと、本件旧土地と二、三八四番の土地との境界を現地で確認する必要がなかつたとはいえないから、この点に関する原告らの主張は本件処分の適否の判断を左右するものではない。
3 (実地調査の実施、却下処分の適否)
(一) (実地調査の経過)
<証拠省略>によると、被告の主張8(一)の事実及び次の事実を認めることができ、これに反する<証拠省略>は右各証拠に照らし採用できない。
すなわち、実地調査は、二、三八二番三の土地を分筆する前の土地(本件旧土地)と二、三八、二番二の土地との境界線の南端(別紙第二図血のA点)から同境界線に沿つて、境界線を確認しながらC点を経て順次進み、イ、ロ、ハの各点を経て二点にさしかかろうとするとき、本件申請の申請人側から、二、三八四番の土地と本件旧土地との境界は、二点(ここには木杭が設置してあつた。)とホ点を結ぶ線である旨の説明がなされた。ところが、これに対して堀内久治から異論が述べられ、同人は、二、三八四番の土地と本件旧土地との境界は、ロ、への各点を結ぶ線であると主張したので、石井弘や松下三佐男らと激しい口論になつた。堀内が示した右の線の部分は、付近より約二メートルの巾にわたつて帯状にやや低くなつている俗に「あらし」といわれている部分であつた。
ところで、本件土地を含む別紙第二図面記載の各土地は、全体が比較的傾斜の強い一つの山林をなし、樹齢もほぼ同じくらいの樽などの落葉広葉樹が一面に密生していた。
登記官両名は、立会入が前記のような口論の後に山を降りてしまつたのと、山が前記のような状況であることから境界の確認は困難と判断し、それ以上進まずに、測量もしないで、実地調査を終えた。なお現地では、関係人から、他に右境界を明確にしうる資料の提出はなされなかつた。
(二) (却下処分の適否)
<証拠省略>の結果によれば、その後も関係人から前記争いのある境界部分を認定するに足る資料の提出はなかつたことが認められるところ、この事実と前記実地調査の経過に照らすと、登記官としては、二、三八四番の土地と二、三八二番三の土地の境界を認定することはできず、したがつて二、三八二番三の土地と本件土地との境界を認定することはできないというほかはないから、隣接地との境界が一部確認できないことを理由に本件申請を却下した本件処分には、何らの違法も存しないというべきである。
なお、原告らは、事実欄第二の四3(二)において、堀内久治を利害関係人として本件実地調査に立会わせて意見を徴したことを非難するが、この点については、前記2(二)で述べたところからも明らかなように、何ら違法はなく、原告らの主張は独自の見解であつて採用できない。また、<証拠省略>によれば、現地に赴いた登記官両名は、集まつた立会人に対し、氏名及び身分を明らかにしたうえで実地調査を開始した事実を認めることができ、右認定に反する<証拠省略>は採用できないから、事実欄第二の四3日第一段の原告らの主張は理由がない。さらに、本件実地調査においては本件土地の範囲を確認できなかつたのであるから、登記官が本件土地を測量することにより本件申請が真正か否かを確認する必要はなかつたというほかはなく、そうだとすれば、一般的議論はさておき、登記官両名が測量機器を携帯していなかつたこと(当事者間に争いがない。)は、本件処分の効力を何ら左右するものではない。事実欄第二の四3(三)第二段の原告らの主張は理由がない。
三 (請求の当否)
よつて、本件処分の取消しを求める本訴請求は失当である。
四 (むすび)
以上の次第で、本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 神田正夫 田村洋三 岩田好二)
目録
山梨県南都留郡河口湖町字建石二、三八二番一
山林 一、七三八平方メートル